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山口地方裁判所 平成6年(行ウ)5号 判決

主文

一  被告は、下関市に対し、金八億四五〇〇万円及び内金四億六五〇〇万円に対する平成六年七月九日から、内金三億八〇〇〇万円に対する同年八月一四日から、いずれも各支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  訴訟費用中、原告らと被告との間に生じた分は被告の、原告らと被告補助参加人との間に生じた分は被告補助参加人の、各負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の申立

一  平成六年(行ウ)第三号事件(以下、「第一事件」という。)について

(原告ら)

1 被告は、下関市に対し、金四億六五〇〇万円及びこれに対する平成六年七月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 第一項につき仮執行宣言

(被告)

1 原告らの各請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

二  平成六年(行ウ)第五号事件(以下、「第二事件」という。)について

(原告森沢昇及び同西政次)

1 被告は、下関市に対し、金三億八〇〇〇万円及びこれに対する平成六年八月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 第一項につき仮執行宣言

(被告)

1 原告森沢昇及び同西政次の各請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告森沢昇及び同西政次の負担とする。

第二  事案の概要及び争点

一  概要

本件は、下関市が、日韓高速船株式会社(以下、「本件会社」という。)に対し、補助金として、平成六年四月一四日に四億六五〇〇万円(第一事件)を、同年五月二五日に三億八〇〇〇万円(第二事件)を、各交付したことが、いずれも地方自治法二三二条の二にいう「その公益上必要がある場合」の要件を満たしておらず、違法であるとして、下関市の住民である第一及び第二各事件の原告ら(以下、併せて「原告ら」という。)が、同市に代位して、右各補助金交付当時、同市の市長であった被告に対し、不法行為に基づき、同市に対し、右各補助金の交付に係る損害賠償金及びこれらに対する右各事件の訴状送達の日のそれぞれ翌日から各支払済みまで民法所定年五分の割合による各遅延損害金の支払をするよう、それぞれ求めたところ、同市において、被告の補助参加人(以下、「補助参加人」という。)として補助参加した事案である。

二  争いのない事実又は証拠上明らかに認定し得る事実(証拠の掲記がないのは、争いのない事実である。)

1  当事者

(一) 原告らは、いずれも下関市の住民である。

(二) 被告は、平成三年四月三〇日から平成七年四月二九日までの間、下関市長の職にあった者である。

2  本件会社及び裸傭船契約

(一) 本件会社は、下関市と大韓民国釜山市(以下、「釜山市」という。)との間に高速船を就航させ、旅客の海上輸送をすること等を目的として、平成二年一一月二日、下関市と民間企業及び個人が出資して設立した第三セクター方式の株式会社であり、平成三年七月三一日より、同市と釜山市の間に高速船を就航させ営業を開始した。

(二) 本件会社は、平成三年三月二九日、関西汽船株式会社(以下、「関西汽船」という。)との間で、前記営業に使用する船舶(船舶名・ジェット8、以下、「本件船舶」という。)につき、以下の内容による裸傭船契約(以下、「本件裸傭船契約」という。)を締結した(本件船舶名につき、関西汽船に対する調査嘱託の結果。)。

<1>船 主 関西汽船

<2>傭船者 本件会社

<3>傭船期間 平成三年三月二九日から平成七年三月二八日まで

<4>傭船料 平成三、四年度 月額二八三二万五〇〇〇円

平成五、六年度 月額三〇九〇万円

(なお、一か月未満の傭船料は日割計算とする。)

(三) 本件会社は、別紙1のとおり、設立当初から厳しい経営状況を余儀なくされたため、山口県からの出資ないし下関市内の一般企業からの公募により、平成三年八月二六日には、資本金を、それまでの二億二三〇〇万円から四億一五〇〇万円に、平成四年四月二七日には、更にこれを四億八八〇〇万円に、それぞれ増資し、また、別紙2のとおり、金融機関からも合計三億八〇〇〇万円の借り入れを行うとともに、平成三年九月二七日には同市の制度融資八億円及び平成四年九月二八日には同市の直接融資一〇億円を、それぞれ受けた。

しかし、本件会社は、これらの措置によっても業績が好転せず、平成四年一二月一日、高速船の運航を休止し、その後、従業員や資産の整理等を行い、平成八年三月二八日、山口地方裁判所下関支部に破産宣告の申立てをした(右従業員や資産の整理等及び破産宣告の申立てにつき甲七)。

(四) 本件会社は、右運休後、関西汽船から、本件裸傭船契約に基づき、平成四年一二月から契約期間満了時である平成七年三月二八日までの間の傭船料等合計一三億三三一五万八八七一円の請求を受けていたが、平成六年三月一〇日、両者の間で、本件会社が関西汽船に四億六五〇〇万円を支払うことにより、本件裸傭船契約を合意解除する旨の合意が成立した。

3  補助金の交付

本件会社は、平成六年三月一〇日、下関市長であった被告に対し、本件裸傭船契約の合意解除の清算金四億六五〇〇万円及び金融機関からの三億八〇〇〇万円の借入金の合計八億四五〇〇万円について、これを下関市が補助金として、本件会社に対して交付するように要請したところ、これを受けて、被告は、下関市平成六年第一回定例市議会に右金員を本件会社に補助金として交付するとの補正予算案を上程し、同月二八日、これが可決された。

被告は、右決議に基づき、本件会社に対し、平成六年四月一四日、四億六五〇〇万円(以下、「第一補助金」という。)の、同年五月二五日、三億八〇〇〇万円(以下、「第二補助金」という。)の、各補助金を交付した(以下、右両補助金を併せて、「本件補助金」という。)。

4  監査請求及び訴訟提起

(一) 第一事件原告らは、平成六年四月一八日、下関市監査委員に対し、地方自治法二四二条一項に基づき、被告をして同市に対し、第一補助金相当額を補填させるよう求めて住民監査請求をしたが、同監査委員は、同年六月一七日付けで、右監査請求を棄却する旨の監査結果を通知したので、同原告らは、同年七月五日、第一事件の訴訟を提起した(右訴訟の提起は、当裁判所に明らかである。)。

(二) 第二事件原告らは、平成六年六月三日、下関市監査委員に対し、地方自治法二四二条一項に基づき、被告をして同市に対し、第二補助金相当額を補填させるよう求めて住民監査請求をしたが、同監査委員は、同年七月二一日付けで、右監査請求を棄却する旨の監査結果を通知したので、同原告らは、同年八月八日、第二事件の訴訟を提起した(右訴訟の提起は、当裁判所に明らかである。)。

(三) 補助参加人は、平成六年一一月一日、右各訴訟につき、被告を補助すべく補助参加の申立てをなし、これに対し、当裁判所は、平成七年一月三一日、右補助参加を認める決定をした(当裁判所に明らかである。)。

三  争点

本件の争点は、

<1>  本件会社に対する本件補助金の交付に違法性があるか否か、すなわち、本件補助金の交付が、補助金交付の根拠規定である地方自治法二三二条の二所定の「その公益上必要がある場合」(以下、「公益性」という。)という要件を満たさないものといえるか否か。

<2>  本件補助金の交付に関し、被告に故意又は過失が存したか否か

というところにある。

四  争点に関する当事者等の主張

(争点<1>について)

1  原告ら

(一) 本件会社の性格

(1) 本件会社は、いわゆる第三セクター方式によるとはいえ、株式会社として設立されたもので、下関市の出資比率は、設立時に二二・四パーセント、増資後が一〇・五パーセントであり、増資後の下関市と山口県を合計した出資比率も二〇・五パーセントである。

したがって、本件会社における地方自治体の出資比率は、地方自治法一九九条、同法施行令一四〇条の七第一項所定の、監査委員の監査が及ぶための要件となる二五パーセントを下回る。

(2) 本件会社は、下関市が一定の主導権を握る形で設立されたものではあるが、その構想から実現まで一貫しているのは、民間主体の事業体を形成するために、下関市が「企業誘致」に協力をして行くという考え方であった。

(3) よって、本件会社は、第三セクター方式の中でも、営利性の高い民間企業が主体として運営する営利企業という性格を強く有するものであったことは明白である。

(二) 公益性

補助金交付の要件としての公益性とは、当該普通地方公共団体の住民の福祉の増進に有益か否かという観点から判断すべきところ、本件会社の性格は、前記(一)のとおりであり、本件会社が、高速船を下関市と釜山市間に就航させるという点において、過去に下関市民の福祉の増進に有益な面があったとしても、それは、その就航を続ける限りにおいてである。

しかるに、本件会社は、本件補助金の交付時点において、既に営業を一切しておらず、かつ、以後これを再開して高速船の就航をなし得る可能性は全くなかったところ、このことを当然の前提とした上で、第一補助金は、過去の傭船料等の清算金を関西汽船に支払う財源として、第二補助金は、本件会社が過去に金融機関から借り入れた金員を返済するための財源として、それぞれ交付されたものであるから、本件補助金の交付により下関市民の福祉が増進されることは全くあり得ない。

(三) 被告及び補助参加人の主張に対する反論

被告及び補助参加人は、後記2(四)のとおり、本件会社に本件補助金を交付しなければ、債権者を犠牲にすることとなり、今後の第三セクター方式によるすべての事業に誰からの協力も得られず、金融機関からの支援も受け得ないこととなるとし、このような意味において、本件補助金の交付には公益性があると主張する。

しかし、本件会社は、前記1(一)のとおり、営利企業という性格を強く有するものであり、本件会社との取引企業は、自己の損益計算の下にその責任で取引をしたもので、取引時点で利益をあげる目算があったからこそ任意に取引に入ったわけであるから、目算が誤ったとしても、それは取引企業の自己責任の問題であって、かかる企業の利益に対する期待を、下関市民の税金により保護する必要性はない。

したがって、被告が主張するような公益性はない。

2  被告及び補助参加人

(一) 本件会社設立の経緯

(1) 昭和六二年ころ、当時の下関市長であった泉田芳次(以下、「泉田市長」という。)は、下関市と姉妹都市の縁組をしている釜山市との間に高速船を走らせることが、両市の人的、物的交流の緊密化、下関市経済の発展、浮揚、両市の往来の時間短縮等のために是非とも必要であるとの考えの下に、下関市港湾局に対し、両市間における高速船就航(以下、「本件事業」という。)の可能性について調査を指示したところ、同年七月、同局において、右就航実現の可能性は十分あり得るとの、「高速旅客艇就航の可能性について」と題する調査結果を発表した。そこで、泉田市長は、昭和六二年一二月八日、関釜フェリー株式会社及び釜関フェリー株式会社(以下、前者につき、「関釜フェリー」と、後者につき、「釜関フェリー」と、それぞれいう。)に対し、高速船航路の開設について協力を得たい旨の依頼書を提出した。

(2) 下関市議会は、平成元年三月二九日、泉田市長に対し、本件事業の早期実現を求める決議を提出し、同年五月一六日には、同市が、関釜フェリー、釜関フェリー及びサンデン交通株式会社に懇請して加入してもらう形で、右四者による「関釜高速船計画調査委員会設立準備会」を発足させ、同年六月一日、これを、「関釜高速船計画調査委員会」(以下、「調査委員会」という。)に改めた。

(3) 泉田市長は、本件事業を一〇〇パーセント民間出資の会社で経営することを考え、その可能性を模索していたが、打診した先にいずれも断られ、さりとて、計画を断念することはできないことから、平成元年九月二五日、同事業をいわゆる第三セクター方式で遂行することにし、関釜高速船株式会社設立準備会として、下関市が一方的に決定した参画を要請する先(下関市を含めて一〇者)に対し、その旨の要請文を発送した。

(4) 下関市は、平成二年二月一日、関西汽船の代表取締役を務めた日隈憲太郎(以下、「日隈」という。)を同市港湾局の関釜高速船計画顧問及び調査委員会顧問に迎え、同年四月一〇日、同市総務部に、助役を本部長とし、その他の構成員も全員同市の職員からなる本件事業の計画推進本部を設置した。さらに、平成二年四月二七日、泉田市長は、下関市議会総務委員会において、本件事業が実現しなかったときは責任を取る旨明言し、同市が同事業を市の事業として受け止めていることを示した。

また、下関市は、平成二年九月二八日、同市が独自の判断で選定した同市内の優良企業に対し、本件会社設立のための発起人会招集の案内文を発送した後、これらの企業を訪問し、説明会を開催するなどして理解を求め、同年一〇月一二日、右発起人会を開催するとともに、本件会社の定款作成を行い、同年一一月二日、本件会社の設立総会を開催して、その設立を決定した。

(5) 下関市は、本件事業実現に向けての必要経費を全額負担しているし、本件会社設立後も、多額の財政的援助をなしている。

(二) 本件事業及び本件会社の性格

(1) 本件事業は、前記(一)に詳述した経過のとおり、下関市の発案によって計画され、その主導によりこれが実践され、具現化されたものである。

したがって、かかる実態に即してみれば、本件事業は、下関市の事業あるいは同市の事業と一体の事業ないしは、終始、同市が主導した事業であり、官民共同出資の第三セクター方式という事業の遂行形態はあくまで形式にすぎない。

(2) 本件会社は、当初、旅客輸送に詳しい日隈を代表取締役社長として招聘していたが、同人が社長を辞任した後は、下関市長が取締役会長に、同市助役が代表取締役社長にそれぞれ就任し、かつ、従業員には、同市の職員をもってその主要ポストに配置していたものであり、他の取締役も、泉田市長自らが、就任を要請して回ったものである。また、本件会社の運転資金作りの借入れに必要な連帯保証人も、下関市自らそれになることは法律上できないため、同市が、「迷惑はおかけしないから。」と約して依頼したものである。

(3) しかも、下関市長は、本件会社設立後においても、「この計画は、山口県並びに下関市にとり、二一世紀を展望しての極めて重要なプロジェクトであります。すなわち、本市は第三セクターとして本件会社の筆頭株主となり、役員その他も派遣し、市の外郭団体に等しい組織ととらえ、……」、「本件会社の経営は、下関市の事業と一体と考えております……」などと表現して、本件会社ないし本件事業を、同市の外郭団体、あるいは同市の事業と一体であるとの位置付けをしている。

(三) 本件裸傭船契約の経緯

本件裸傭船契約は、関西汽船が当初この契約に乗り気ではなかったことから、泉田市長において、関西汽船に対し、「万一問題が生じた場合は、同社(本件会社)とともに責任をもってその解決に努力致します。」という内容の平成三年二月一九日付け確約書を差し出し、いわば、下関市が拝み倒す形で締結された経緯がある。

(四) 本件補助金交付の公益性

(1) 本件補助金交付の目的が、本件会社の債務整理にあったことは、被告も否定するものではないが、本件事業は、前記(二)で詳述したとおり、下関市の事業あるいは同市の事業と一体の事業、ないしは、終始、同市が主導した事業であり、この点については、被告及び同市のみならず、一般市民や、本件会社の役員、株主、貸付金融機関、関西汽船、連帯保証人等の関係者も、同様の認識に立っているものと考えられる。

(2) したがって、本件事業が失敗に終わった場合の債務整理についても、下関市がその責任の下に行うことによって、信頼を維持すべきことは当然であり、このことが、まさしく公益性ありということの要点である。

(3) このように解さなければ、下関市は、今後、第三セクターを採用しての事業に誰からの協力も得られないことは明白であるとともに、金融機関からの支援も受け得ないこととなる。のみならず、本件会社の債務を破産法のみによって処理することになれば、第三セクターを採用している全国の地方公共団体に多大の迷惑を投げかけ、その協力者に重大な不信感を与えることになることは必至である。

(争点<2>について)

1  原告ら

被告は、前記(争点<1>について)1掲記の各事実関係を知りながら、あえて違法な本件補助金の交付を行ったものであり、この点につき、故意又は過失が存する。

2  被告及び補助参加人

原告の右主張は否認する。

第三  争点に対する判断

一  争点<1>について

1  本件会社の性格

(一) 本件会社設立の経緯

<証拠略>によれば、以下の各事実が認められる。

(1) 昭和六二年ころ、当時の泉田市長は、下関市と姉妹都市縁組をしている釜山市との間に高速船を就航させることが、両市の人的、物的交流の緊密化、下関市の発展、浮揚、両市の往来の時間短縮のために、是非とも必要であるとの考えの下に、下関市港湾局に対し、本件事業である両市を結ぶ海上高速旅客輸送の可能性について調査を指示したところ、同年七月、同局において、「下関港釜山港高速旅客艇就航の可能性について」と題する簡単な調査結果を発表し、利便性、採算性を中心として概略の検討を行った結果、他輸送機関との比較において、高速艇就航実現の可能性は十分あり得るという結論を述べた。

そして、昭和六二年一一月、泉田市長の主導により、下関市内の民間企業有志による懇談会が催され、これに参加した企業有志により、本件事業の推進に賛成する意向が確認された。

なお、この時点では、関釜フェリー及び釜関フェリー両社とも本件事業に積極的であったことから、泉田市長は、両社が従前の事業の拡大という形で同事業を遂行し、下関市が出資その他の形で協力するという構想を抱いており、これに従い、昭和六二年一二月八日、右両社に対し、関釜高速艇航路の開設について積極的な取組を依頼する旨の要請書を提出した。

(2) 泉田市長は、昭和六三年三月八日、下関市議会定例会で、「なるべく早く高速艇というものを実現しなければならない。」旨発言した。そして、これを受けた下関市港湾局は、新潟・佐渡間に就航する高速船を現地視察した上で、昭和六三年七月二〇日、本件事業の可能性についての資料を、同市議会建設委員会に提出した。

(3) 下関市議会は、平成元年三月二九日、「関釜間高速船就航実現に関する決議」を可決し、泉田市長に、本件事業の早期実現を要望するとともに、同事業の調査費として四五〇万円の支出を議決した。また、平成元年六月一日には、下関市、関釜フェリー、釜関フェリー及びサンデン交通株式会社の四者で構成する調査委員会が発足したところ、その予算は、右四者が四〇〇万円ずつ出資してまかなうこととなった。かくして、調査委員会は、平成元年六月七日、株式会社三菱総合研究所に対し、本件事業の実現可能性について調査研究を委託した。

ところが、平成元年七月一日、JR九州が本件事業と競合する博多・釜山間の高速船運航事業計画を発表したことから、関釜フェリーが同事業に消極的となり、このため、泉田市長は、関西汽船にも同事業への取組みを依頼した。

右過程において、泉田市長は、公的資本と民間資本を合わせたいわゆる第三セクター方式を事業主体として、本件事業を推進することを考え、関係各機関にその旨協力要請をしたが、その際も、民間企業が中核となる形での運営を考えていた。

(4) 下関市は、平成元年七月から九月にかけて、泉田市長の名で、運輸省国際運輸・観光局長、韓国海運港湾庁等に対し、本件事業推進の意思表示をするとともに、政治家への陳情や関係各機関への協力要請を行ったが、その際、第三セクター方式による会社を設立し、これを事業主体とする意向を示し、同月二五日には、泉田市長において、山口県、下関市、同市議会及び民間企業七社に対し、関釜高速船株式会社設立準備会への参画を要請する文書を発送した。一方、平成元年一二月には、株式会社三菱総合研究所から、「ジェットフォイルは、需要量、採算、財務評価のいずれで見ても実現可能性のある船種で、関釜間に就航させた場合、財務的に相当有利であり、運航初年度から黒字の見込みになる。」という趣旨の調査報告書が提出され、下関市議会も、同月一九日、本件事業計画調査費補助金八〇〇万円を議決した。

(5) 平成二年二月一日、下関市は、関西汽船の元代表取締役である日隈を同市港湾局の関釜高速船計画顧問に迎え、調査委員会も同人に顧問を嘱託し、他方では、同月二七日、財団法人下関二一世紀協会から、泉田市長に対し、五万六一六八名の署名を添えて本件事業の早期実現要請がなされ、さらに、同年四月一〇日、下関市総務部は、助役を本部長とし、その他の構成員全員が市職員からなる「関釜高速船計画推進本部」を設置したところ、このような経過の中、泉田市長は、同月二七日、同市議会総務委員会において、「本件事業が実現しなかったときは、責任を取る。」旨明言した。ところで、そのころには、大阪商船三井船舶株式会社との交渉により、同社が中核企業として参画する目途が立ったことから、泉田市長は、平成二年九月二八日、下関市内の企業に宛てて、本件会社設立のための発起人会招集の案内文を発送した上で、これらの企業を訪問したり、説明会を開催するなどして理解を求めた。そして、平成三年一〇月一二日、下関市及び民間企業代表者八名により、本件会社の発起人会が開催されて定款が作成され、同年一一月二日、その設立総会の開催に至った。

(6) 泉田市長は、本件会社が設立された直後の、平成二年一一月五日に開催された下関市議会総務委員会において、本件会社が赤字を出して収支がつかなくなった場合の処理として、「大赤字になった場合の処理云々については、そのときにならなければ言えないが、一般の商法で動いているわけだから、それで処理されていくようにお考えいただきたい。」と答弁した。

(二) 本件会社設立後の状況

前記第二、二1(二)並びに2(二)及び(三)に掲記した各事実に加えるに、<証拠略>によれば、以下の各事実が認められる。

(1) 本件会社は、平成二年春ころ、関西汽船に対し、本件船舶の傭船申込みをしたところ、関西汽船は、本件会社が運航経験のない会社であるため、契約の履行に不安が残ると主張し、この事業を主導する下関市の意思表示が欲しいとして、同市に、しかるべき内容の文書を要求した。そこで、泉田市長は、平成三年二月一九日、関西汽船に対し、本件裸傭船契約締結のために、「今回関西汽船株式会社、加藤汽船株式会社共有の「ジェット8」を日韓高速船株式会社が傭船するにあたり、四年間の傭船期間及び傭船料の支払いについては、同社に対し契約条項を忠実に履行するよう強力に指導するとともに、万一問題が生じた場合は、同社とともに責任をもってその解決に努力致します。何卒、日韓高速船株式会社の経営は、下関市の事業と一体と考えておりますことなどをご勘案いただき、格別のご高配のほど宜しくお願い申し上げます。」と記載した書面(以下、「本件確認書」という。)を送付した(なお、本件確認書は、市長、助役ほか六名による決裁があるが、それ以外の者には知られていない文書(内簡)であり、議会の承認を受けてはいないものの、泉田市長の署名はあり、その公印も押されている。)。

そして、本件確認書送付後の平成三年三月二九日、本件会社と関西汽船との間で、前記第二、二2(二)掲記の本件裸傭船契約が締結された。

(2) 下関市の本件会社への出資比率は、設立当初は二二・四二パーセントであったが、平成三年八月に行われた増資(第一回増資)の際、同市が新株を引き受けなかったので、その比率は、一一・九パーセントとなり、他方、山口県が新株を引き受け、その出資比率が七・一五パーセントとなったので、公共団体からの出資比率は、合わせて一九・〇六パーセントに減少した。さらに、平成四年四月二八日の増資(第二回増資)でも、下関市は新株を引き受けておらず、その出資比率は一〇・二五パーセントまで減少する一方で、山口県の出資比率は一〇・二五パーセントとなり、これらによる公共団体からの出資比率は、合わせて二〇・五パーセントとなった。

(3) 本件会社の組織は、その設立当初は、泉田市長が代表取締役会長(平成三年五月三〇日より、被告が代わって右地位に就いた。)に、日隈が代表取締役社長にそれぞれ就任し、その他の取締役には、下関市職員一名と本件会社に出資した民間企業の取締役などが、監査役には、同市の職員が就任し、その後も、本件会社の役員中における市長を含む同市の職員の数は三名のまま推移したが、同市から本件会社に出向させていた職員の数は、当初の二名から後に三名となった。

そして、平成四年一〇月二〇日、日隈及び被告は、本件会社の代表取締役社長及び会長をそれぞれ辞任し、代わって、下関市の助役であった内田昊治(以下、「内田」という。)が代表取締役社長に就任した。

(三)(1) 前記第三、一1(一)及び(二)で認定した各事実に弁論の全趣旨を照らし合わせると、下関市は、当初、本件事業について、民間企業が従前の事業の拡大として実施し、同市はそれを財政的に援助するという、企業誘致の一環としての運営を考えており、昭和六二年当時は、関釜フェリー、釜関フェリー等の民間企業も本件事業に積極的であったが、その後、民間企業側が本件事業参入に消極的になったことから、第三セクター方式による会社を設立し、これを事業主体とする構想に移行したこと、本件会社設立までの必要経費は、大部分を同市が負担しているところ、その設立の経緯においては、同市、ことに泉田市長が主導的役割を果たしたこと、以上がそれぞれ認められるが、他方では、調査委員会の出資金は、同市と民間企業三社が各自四分の一である四〇〇万円ずつを負担していること、本件事業については、運航初年から黒字が出るという株式会社三菱総合研究所の報告書もあって、既に、高速船就航前から、利益が出ると予測されていたこと、同市財界からも泉田市長に対し、同事業推進の要請があったという事情を指摘し得ること等によれば、被告及び補助参加人が主張するように、同市のみが同事業に積極的で、他の民間企業は消極的であったとはいえない。

しかも、本件会社に対する下関市の出資比率は、設立当初でも二〇パーセント強であり、増資を重ねるにつれてそれが一〇パーセント程度にまで減少していることにかんがみると(山口県の出資比率を合わせても、全体の二〇パーセントそこそこである。)、第三セクターの性格につき、地方公共団体の出資比率が四分の一を超えるか否かのみにより決定されるものではないとしても、当該普通地方公共団体が資本金の四分の一以上を出資している法人に対しては、その普通地方公共団体の監査委員の監査が及ぶとする地方自治法一九九条七項、同法施行令一四〇条の七第一項の趣旨を考慮すれば、本件会社は、やはり、地方公共団体ないしはそれと同視し得るものとは異なり、民間企業的な性格を有するものといえる。

してみると、本件会社の性格は、被告及び補助参加人の主張するような、下関市の事業そのものあるいは同市の事業と一体の事業ないしは、終始、同市が主導した事業であるとまでは認められない。

(2) ところで、前記第二、四(争点<1>について)2(一)(5)及び(二)に掲記したごとく、被告及び補助参加人は、本件会社設立までの必要経費を全額下関市が負担し、その後も財政的援助をしていること、役員や職員も同市から派遣し、他の取締役も泉田市長からの要請によって就任したこと等に照らすと、本件会社は、同市の事業あるいは同市の事業と一体の事業、ないしは、終始、同市が主導した事業であると主張する。

しかし、本件会社は、下関市のみならず民間企業数社も出資した株式会社であって、同市の行政組織とは無関係であること、本件事業は、そもそも、旅客運送事業という営利を目的とするものであり、高速船の運航により利潤をあげることができなければ、同市と釜山市との人的、物的交流の緊密化、下関市の発展、浮揚等という、当初の目的すら達し得ないものであったことを考慮すると、被告及び補助参加人主張の右各事実をもって、本件会社の性格が、同市の事業あるいは同市と一体の事業、ないしは、終始、同市が主導した事業であるということはできない。

なお、前記第三、一1(二)(1)で認定したごとく、泉田市長が関西汽船に送付した本件確約書には、「日韓高速船会社の経営は、下関市の事業と一体と考えております。」との内容が記載されているが、同確約書の性格が内簡文書であることに照らすと、同確約書の存在自体をもって、本件会社の性格を決定づけるまでの法的効果を有するものとは解されないし、これを一つの事情として考慮しても、やはり、前記(三)(1)で認定した結論を左右するには至らないものである。

2  本件補助金交付の公益性

(一) 本件補助金交付の経緯

前記第二、二2(二)ないし(四)及び3に掲記した各事実に加えるに、<証拠略>によれば、以下の各事実が認められる。

(1) 本件会社は、平成三年七月三一日、高速船運航を開始したが、本件船舶が航行区域を沿海区域(限定)とする船を国際航路用に改造したもので、玄界灘を航行するに適しないという事情等から欠航が多く、当初から経営は厳しかった。そこで、本件会社は、運転資金調達のため、前記各増資のほかに、別紙2のとおり、金融機関から合計一一億八〇〇〇万円を借り入れ、また、平成三年九月二七日には、下関市議会が、本件会社の右借入金のうち八億円について、下関地域活性化資金融資(制度融資)として損失補償する旨の補正予算を可決した。

ところで、本件会社は、平成四年六月二〇日から高速船を小倉港にも寄港させたが、業績は好転せず、同月二八日には、当期損失九億一一〇〇万円を計上するに至り、同年九月末における消席率は二二・六九パーセント、就航率七五・九三パーセントと低迷した。これに対し、下関市議会は、平成四年九月二八日、本件会社に地域活性化事業資金として合計一〇億円を貸し付けるため補正予算を可決したが、本件会社は、その後も、運航を続ければ続けるほど赤字が累積する状態が続き、同年一二月一日をもって高速船の運航を休止した。

(2) 本件会社は、高速船の運航休止に当たり、関西汽船に本件船舶の返船を申し入れたところ、関西汽船は、本件船舶が外航用に改装済みであるため、返船されても遊休船になること、本件裸傭船契約に途中解約の条項が設けられていないことを根拠にこれを拒絶し、かえって、本件会社に対し、同契約に基づき、契約期間(四年分)全部の傭船料等一三億三三〇〇万円余りの支払いを請求した。そこで、当時、本件会社の代表取締役社長であった内田は、右傭船料の減額に努めるべく関西汽船と交渉したが、関西汽船は、傭船料の履行を厳しく催促し、下関市に対しても、本件確認書の存在を根拠に、当該約定に従った解決を要請する旨催告状を送ったりした。

そして、右交渉の結果、平成六年三月一〇日、本件会社が関西汽船に四億六五〇〇万円を支払うことにより、本件裸傭船契約を合意解除する旨の確認書が作成され、同月二八日、その旨の覚書が交換された。

(3) その後の平成六年三月三一日当時、本件会社の負債合計は、金融機関からの借入金二一億八〇〇〇万円と前記本件裸傭船契約の解約金四億六五〇〇万円の合計約二六億五〇〇〇万円であった。そして、右借入金の内訳は、別紙2のとおりであり、これらのうち、一〇億円は下関市が直接貸し付け、また、八億円は同市の損失補償付きであり、同市が責任を負担しないものは三億八〇〇〇万円であったところ、右三億八〇〇〇万円のうち、下関信用金庫からの二億円の借入れについては、本件会社に出資している林兼産業株式会社ほか五社が連帯保証人となり、その余の一億八〇〇〇万円の借入れについては、日隈が個人保証していた。

他方、本件会社の売上げ及び収益は、高速船を運休した平成四年一二月一日以降全くない状態であったことから、本件会社において、かかる状況の下で、右解約金及び各借入金を支払うためには、下関市からの補助に頼る以外資金捻出の方法がないとして、平成六年三月一〇日、同市長であった被告に対し、本件補助金の交付を要請した。

(4) 右の要請を受けた被告は、前記第二、二3に掲記したとおり、下関市平成六年第一回定例市議会に、合計八億四五〇〇万円の金員を、本件会社に対する本件補助金として交付するとの補正予算案を上程し、同年三月二八日これの可決を得て、同年四月一四日に第一補助金を、同年五月二五日に第二補助金を、それぞれ本件会社に交付した。

(二) 本件補助金交付における公益性の有無

(1) 如上の事実関係に基づき、本件補助金交付における公益性の有無を検討するに、そもそも、補助金の交付が公益性を有するためには、主観的な側面のみならず、客観的な面においてもそれが肯定されなければならないものと解されるところ、右の判断に当たっては、何よりも、補助金の交付とそれによる当該地方公共団体住民の利益との間における因果関係の有無が検討されるべきである。

そこで、以下、本件補助金につき、右の見地に照らし判断する。

ア まず、本件補助金の交付当時において、本件会社は、その唯一の収入源である高速船の運航を既に一年四か月ないし五か月間休止しており、かつ、本件裸傭船契約の解約により運航再開の見込みも全くなくなっていたのであるから、これを再開することによる地域の活性化や、下関市民の利便性といったところの本来目指していた利益が存在しなくなっていることは、被告及び補助参加人も争ってはいないところである。

イ また、本件補助金を本件会社に交付したことにより直接的に利益を受けたのは、関西汽船及び前記第三、一2(一)(3)で認定した連帯保証人らであるところ、右連帯保証人らは、いずれも営利を追求する法人ないしは個人であることから、これらの者が自ら下関市住民の福祉の増進に影響を与えたり、あるいは、これらの者に右利益を与えることによって、同市住民の福祉が増進したという関係を有するものでないことも明らかである。

ウ ところで、前記第二、四(争点<1>について)2(四)(2)及び(3)掲記のごとく、被告及び補助参加人は、下関市の信頼の維持が、まさしく公益性である、すなわち、本件補助金を本件会社に交付しなければ、今後、同市が行う第三セクター事業に、誰からの協力も得られなくなることは明白であると主張する。

しかし、本件全証拠によるも、本件補助金の交付当時、下関市において、新たな第三セクター事業を計画しており、そのために、是非とも同市に対する民間の信頼をつなぎ止める必要があったというような事情は認められないのであり、そうすると、右にいう信頼の維持も抽象的なものにすぎず、実体を伴ったものではないというべきである。

エ もっとも、第三セクター方式による会社の事業が、営利企業的性格のみならず公共性をも有し、このため、当該会社に出資したり、これと取引関係に入る民間企業の側にも、地方公共団体との関係から、ある程度採算を度外視して参入せざるを得ない部分があることは否定し得ないところ、これによれば、その経営が破綻した場合に、地方公共団体が補助金を交付することによって支援するならば、本件会社のような第三セクターの会社に出資しあるいはこれと取引する者にとって、以後における第三セクターとの関係においても同様のことが容易となることは想定される。

しかし、補助金の財源は、当該地方公共団体の住民が納付した税金である上、本来、第三セクターとはいえ、民間企業がこれに参加する場合は、その自己判断と責任の下に、危険を負担することも当然あり得ることを前提にして、営利の追求をなさんとしていることは、経済法則に照らし自明の理とみられることをも考慮すると、かかる補助金の交付すべてに公益性があるとは到底解し難いところである。

そして、これを本件についてみるに、前記第三、一2(一)(3)で認定したごとく、下関市は、本件会社から本件補助金交付の要請があった平成六年三月の時点で、既に、本件会社に対して一〇億円の直接融資及び八億円に係る損失補償付の措置を行っており、しかも、被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件会社の長期にわたる累積赤字のため、右合計一八億円が回収される可能性は全くない状態であったことが認められる。したがって、この時点において、本件会社に対し、更に本件補助金合計八億四五〇〇万円を投入したとしても、そのことによって本件会社が立ち直り、本件事業が再開される見込はまずない状況に陥っていたにもかかわらず(なお、甲七ないし一五によれば、本件会社は、平成八年三月二八日、山口地方裁判所下関支部に自己破産の申立てをなし、同年四月一二日午前一〇時破産宣告決定を受け、平成九年三月七日、破産手続の集結に至っていることが認められる。)、これがなされたということについては、経済的な面も含めおよそ不毛な処置であったものといわざるを得ないところである。

そして、このことからすれば、結局、下関市住民にとっては、右八億四五〇〇万円もの巨額の税金が、直接、間接いずれを問わず、住民の福祉の増進のために使用されないまま失われるはめになった結果がもたらされたも同然であり、これにより、納税者たる同市住民の被った損失は、決して看過し得ないところと解される。

オ さらに、被告及び補助参加人が、本件補助金の交付に公益性が存するとする理由の一として挙げるところの、本件補助金を本件会社に交付しないと、第三セクターを採用している全国の地方公共団体に多大の迷惑を投げかける旨の主張は、前記因果関係の有無とはおよそかけ離れた事柄に係るものであり、失当といわざるを得ない。

(2) 右に検討したところによれば、本件補助金の交付については、前記因果関係の存在を肯定し得ないところであって、公益性の要件を満たしておらず、したがって、違法であることを免れないというべきである。

二  争点<2>について

1  被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、被告は、本件補助金の交付につき、前記一2(二)(1)ウにいう下関市の信頼の維持が、まさしく公益性であるとの認識に立っているものと認められ、その旨を補助参加人とともに主張しているところ、これによれば、被告において、当時の下関市長として、故意はともかく、本件補助金の交付が公益性の要件を満たしていないと認識すべきであることにつき、あるいは、少なくとも、公益性の要件に該当しない事由をそれに当たると誤信したことにつき、過失があったというべきである。

2(一)  もっとも、本件の場合、既に認定したとおり、本件事業の企図や本件会社の設立は、元々、泉田市長の発案かつ主導の下に推進されたもので、被告は、泉田市長の後任として、これらを引き継いだ立場にあり、また、本件補助金の交付については、下関市議会の議決を得た上で行ったこと等の経緯が存することも事実である。

(二)  しかし、議会への議案の提出や予算の調整及び執行等の権限を与えられている普通地方公共団体の長(地方自治法一四九条一項一号、二号)に対しては、一方で、これらの権限を適正に行使せしめるため、たとい、自らが担任する事務のうちに前任者を引き継いだものがあったとしても、それをそのまま受容する必要はいささかもなく、とりわけ、当該事務が、住民の税金をもって充てられる事項については、本件でも問題とされる公益性の有無につき十分に検討し、これのないことが判明したときは、直ちに、自らの判断で、その執行ないし推進を回避すべく、相当な措置を講ずべきことが義務付けられているものと解される。

ましてや、本件の場合、前記一2(一)(2)で認定したごとく、関西汽船が、下関市に対し、本件裸傭船契約に基づく傭船料の支払について、本件会社とともに責任をもって解決するよう求める根拠とし、また、本件補助金交付の一因ともなった本件確認書は、前記一1(二)(1)及び(三)(2)で認定したように、泉田市長において、自ら署名し、公印も押されているものではあるが、同市役所内部でも一部の者にしか知らせず、しかも、同市議会の承認を得ることのないまま関西汽船に送付した内簡文書であり、その内容も、法的にみて、およそ同市の責任を基礎付けるものとはいい難いことを考慮すれば、被告としては、むしろ、泉田市長のこのような行為を踏襲することなく、その主体的判断により、税金の無駄遣いを回避するような対応をとることが求められていたというべきである。

(三)  そして、右の見地に照らした場合、被告において、前記二1で認定した認識に基づき、本件補助金の交付をなしているということからみると、右交付当時、下関市長であった被告には、泉田市長を引き継いだ立場にあったことを考慮しても、なお、右に指摘した公益性の有無の検討と、それに基づく相当な措置(すなわち、本件補助金に係る議案の上程又は本件補助金交付の回避及びこれらに関連する処置。)をとるべきことにつき、前記義務を怠っていたものと認めざるを得ず、また、前記下関市議会の議決があったことをもって、右認定が左右される筋合のものではないというべきである(最高裁判所大法廷昭和三七年三月七日判決・民集一六巻三号四四五頁参照)。

三1  以上によれば、被告は、前記二で認定した過失に基づき、本件会社に対する違法な本件補助金の交付をなしたという不法行為により、下関市に対し、本件補助金相当額の損害を与えたものと認められる。

2  したがって、被告は、下関市に対し、不法行為に基づく損害賠償として、本件補助金相当額合計八億四五〇〇万円及びこのうち第一補助金に係る四億六五〇〇万円については第一事件の訴状が被告に送達された日の翌日である平成六年七月九日から、第二補助金に係る三億八〇〇〇万円については第二事件の訴状が被告に送達された日の翌日である同年八月一四日から、いずれも各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払義務を負っていることとなる(右第一及び第二各事件の各訴状が被告に送達された日のそれぞれの翌日については、いずれも記録上明らかである。)。

第四  よって、下関市に代位した原告らの本訴各請求はいずれも理由があるからこれらを認容し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六六条を各適用し、仮執行の宣言については、第一及び第二各事件ともこれを付するのは相当でないと認めるので、その各申立てをいずれも却下して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論の終結の日・平成一〇年一月二九日)

山口地方裁判所第一部

(裁判長裁判官 石村太郎 裁判官 阿多麻子)

裁判官 沢田正彦は、転補のため署名押印することができない。

裁判長裁判官 石村太郎

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